MAGAZINE / 18 · ANCIENT SEA
火山がないのに温泉が湧くのはなぜ?
平野の地下深くにある温泉は火山とは無縁の場所で湧き出す。かつて海の底だった地層に古い海水が閉じ込められていた。数百万年の時間をかけて変質した化石海水がそのまま湯船へと注いでいる。

海から遠い平野の地下深くに、なぜ塩辛い水が眠っているのか
千葉県の九十九里平野や埼玉県の平坦な住宅街、あるいは東京都内の臨海部から内陸に入った街並みのなかで、地表からボーリングの井戸を深く掘り進めると、火山とは無縁の場所であるにもかかわらず、舐めると強烈に塩辛い湯が噴き出すことがある。周囲を見渡しても火山帯は存在しない。雨水が山肌にしみ込み、地下深くのマグマの熱で温められて再び地上へ湧き出るという一般的な温泉のイメージとは、成り立ちがまるで異なっている。
汲み上げられた湯は、ナトリウムイオンと塩素イオンが際立って高く、溶存物質総量が1キログラムあたり何十グラムにも達する高濃度の塩分を含んでいることが多い。なかには海水そのものの塩分濃度に匹敵するものや、海藻由来のヨウ素イオンを豊富に含んだ湯もある。
火山性の温泉であれば、塩分のほかに硫黄や硫酸イオン、あるいは強い酸性を示す成分が目立つことが多い。しかし、平野部の地下から湧き出る塩辛い湯は、pHが中性から弱アルカリ性の範囲に収まり、硫黄の匂いではなく、どこか有機物や薬品を思わせる独特の香りを漂わせている。海から何十キロメートルも離れた内陸の平野の地下深くに、なぜこれほど大量の塩分を含んだ水が存在しているのかという疑問は、足元の大地がたどってきた過去の歴史を見つめ直すきっかけになる。
地層が重なるにつれて、古い海水が地下の奥底へと閉じ込められていく
かつて関東平野の一帯をはじめとする日本の各地は、長い地質時代のなかで海盆として水底に沈んでいた時期がある。新第三紀から第四紀の更新世にかけての時代、現在の平野部は広大な内海や湾の底であり、海底には周囲の陸地から河川によって運ばれてきた大量の砂や泥、そして海中に生息していた無数の微細なプランクトンや海藻などの有機物が厚く堆積していった。
やがて日本列島の地殻変動によって海底が隆起し、あるいは周囲を山地に囲まれた巨大な沈降盆地が形作られると、かつての海水をたっぷり含んだ柔らかい泥や砂の層は、干上がることなく、その上から次々に積み重なる新しい砂礫層や粘土層によって何重にも覆われていくことになった。関東地方であれば上総層群と呼ばれる厚い海成堆積層がその代表例であり、場所によっては千メートルから三千メートル近い厚みを持って地下に横たわっている。
地表から数百メートル、あるいは千メートルを超える深さにまで押し込められた堆積層は、上部に重なる地層のすさまじい重力を受けて徐々に押し固められていく。この圧密の過程において、土砂の粒子の隙間に満ちていた水分は完全に絞り出されるのではなく、上下を緻密な泥岩層に挟まれることで逃げ場を失い、堆積した当時の海水を含んだまま地下深くに閉じ込められることになった。このようにして地層のなかに封じ込められた水が、地質学で間隙水あるいは化石海水と呼ばれる源泉だ。
閉じ込められた海水は泥やガスと交わり、独自の塩化物泉へと姿を変える
地層の深くに閉じ込められた海水は、ただ何百万年間も変質せずに静止していたわけではない。厚い泥の層に埋もれたプランクトンなどの有機物は、酸素の乏しい地下環境のなかで嫌気性微生物の働きを受け、地圧と地熱による熱分解も加わって徐々に分解されていった。この過程で大量の水溶性天然ガス、主成分であるメタンガスが発生し、間隙水のなかに高圧で溶け込んでいく。
有機物の分解と同時に、海水と周囲の岩石や粘土鉱物との間でも物質のやり取りが進む。もともとの海水に豊富に含まれていたマグネシウムイオンや硫酸イオンの一部は、周囲の粘土鉱物に吸着されて固定化されたり、炭酸塩や硫化物として沈殿したりして濃度を減らしていく。その一方で、ナトリウムイオンや塩素イオンは水中に残り続け、さらに泥の中に含まれていた海藻由来のヨウ素や臭素が間隙水のなかへと溶け出し、長時間をかけて濃縮されていった。
地中深くは地温勾配によって深さ百メートルごとに約二度から三度ずつ温度が上がるため、千メートルから千五百メートルほどの深さにある間隙水は、火山の熱源がなくとも四十度前後の温度を持つようになる。こうして数百万年前の海水が変質し、強力な塩分とヨウ素、そして天然ガスを溶かし込んだ液体へと姿を変えたものが、ボーリングの井戸を通じて汲み上げられることで、含ヨウ素—ナトリウム—塩化物強塩泉といった泉質の温泉として地上に現れる。
浅い層の地下水と深い層の化石海水を、地質の境界がどう分けているのか
これほど濃厚な塩分を含んだ地下水が、上から降り注ぐ新しい雨水に洗われて薄まったり、消えてしまったりしないのは、平野の地下にある地質構造の仕組みによるものだ。関東平野などの地下を断面で見ると、基盤となる硬い岩盤の上に、透水性の高い砂礫層と、水を通しにくい緻密な粘土層や泥岩層が何層にもわたって交互に積み重なっている。
地表に近い浅い層には、山や大地に降った雨が地下水となって砂礫層を抜け、川や海に向かって比較的速い速度で流れる自由地下水系が存在している。この浅い地下水は常に新しく補給され、循環している淡水だ。一方で、その下にある分厚い泥岩層(難透水層)の下側には、外部の水循環から完全に隔離された密閉構造が成立している。
この泥岩層がフタの役割を果たすため、上部の淡水が下層へ浸透することも、下層の濃厚な塩水が上部へと抜けていくこともほとんど起こらない。地下深くでお椀の底のように窪んだ構造の中に、過去の海水が封じ込められたまま保たれてきた。火山帯の温泉が地表の割れ目を通じて雨水とマグマ性ガスを循環させているのに対し、平野部の化石海水型温泉は、この密閉された帯水層の存在によって成立している。
地表の新しい水とは異なり、地下の湯には油の膜と濃厚な塩気が残る
化石海水を汲み上げている温泉の湯船に向かうと、一般的な透明な湯とは異なる独特の表情を見ることができる。湯口から注がれる湯は、泥の有機成分を含んでいるためわずかに黄褐色や淡い琥珀色を帯びており、湯面の光の加減によっては、天然ガスとともに上がってきた微量の炭化水素成分による薄い油膜のような光沢が揺らめく。
湯船に浸かると、肌にまとわりつくような濃厚な塩分の存在がすぐに伝わってくる。人間の体液よりも浸透圧が高い高張性の塩化物泉であるため、湯に入っていると皮膚の表面に塩分が付着し、汗の蒸発を抑える被膜を作る。そのため、湯から上がったあとも体の熱が外へ逃げにくく、指先や足先まで温かさが長く持続する。
湯口の近くで深呼吸をすると、火山の湯に特有の硫黄臭ではなく、どこか海藻や薬品、あるいは有機堆積物を思わせる独特の香りが鼻に届く。地熱やマグマの力だけで作られた湯ではない。何百万年という時間をかけて地層の隙間に残された、太古の海の名残りである。
遠い過去の海が現在の湯船へとそのままつながっている
平野の地下深くで動かずにいた水が温泉として利用されるようになった背景には、近代以降の掘削技術の進歩がある。明治から昭和にかけての天然ガスの採掘や、戦後の大深度ボーリング技術の発達によって、地下千メートルを超える深さまで鉄パイプを打ち込めるようになったことで、人類は地層の奥底に眠っていた鹹水を地上へと引き上げられるようになった。
住宅地の一角にある日帰り温泉の湯船に張られた塩辛い湯は、どこか遠くの海から人工的に運ばれてきたものではなく、いま自分が立っているその場所が、かつて深い海底であった時代の証拠そのものだ。足元の地下深くへと延びる一本の井戸管を通して、気の遠くなるような時間を越えた太古の海水が、現在の日常の湯船へと休むことなく注ぎ続けている。
ゆーたなかお
温泉天国 - Onsen Paradise 運営旅と食と温泉好き。どこにでもいます。
SOURCES
- 平野部で温泉が湧くしくみを考える - 温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 天然ガス・ヨード・温泉――茂原・養老川の上総層群本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- dyx.co.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
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- 温泉のメカニズム | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 【三 化石水】本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
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- 千葉県 九十九里平野 地盤環境情報令和6年度 | 環境省本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- モール泉(コーヒー色の温泉)と塩化物泉(黄褐色)が集中しているところって... - Yahoo!知恵袋本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 【公式】新潟県 松之山温泉 和泉屋-松之山温泉の謎本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- ヨウ素同位体の研究本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- ナトリウム泉の温泉の塩分濃度はかなり高いのに海のようにベタベタしないの... - Yahoo!知恵袋本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 塩化物泉(食塩泉)12選!北海道~九州・沖縄まで極上温泉を厳選【全国版】|ニフティ温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉の科学4-2本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉みしゅらん自動転送本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 東京にどうして温泉があるの ? ~関東平野南部の深層熱水資源~|災害と緊急調査|産総研 地質調査総合センター / Geological Survey of Ja本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 松之山温泉その成り立ちと歴史 ─1200万年前、太古の海水に浸かる─ | 松之山温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 阿字ヶ浦温泉 のぞみ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉・療養泉について|温泉ポーター本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 【公式】津軽 鯵ヶ沢温泉 水軍の宿 | 温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- ”化石海水”で免疫力が蘇える・・・ | 川崎・矢向 縄文天然温泉「志楽の湯」本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 塩化物泉の魅力〜熱を閉じ込める魔法陣、熱の湯、癒しの塩、温泉通が惚れるポカポカの湯 - 湯遊白書〜そこに温泉があるから本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 神奈川県温泉地学研究所 - II−2 火山性と非火山性温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)