MAGAZINE / 02 · HEAT

温泉ってなんであったかいの?

火山が見えない東京の街にも、なぜ温泉があるのか。25度の法定基準、地温勾配、有馬の高温流体を手がかりに、浴槽の41度から地下へ温かさの線をたどる。

地球・地学

地熱で温められた湯と湯気が火山岩の間から湧き出す様子

地図に火山マークのない街の湯口

旅先で立ち寄る温泉街を思い浮かべるとき、多くの人は立ち上る白い湯煙や、背後にそびえる活火山の稜線を思い描くのではないだろうか。硫黄の匂いが立ち込める草津や、至るところから蒸気が噴き出す別府のように、温泉とは火山の熱によって大地が沸かした恵みである、という理解はごく自然に共有されている。

ところが、普段私たちが暮らす街中を見渡すと、この素朴な前提は揺らぎ始める。東京都内の住宅街にある銭湯の暖簾をくぐると、琥珀色や漆黒の湯が湯船を満たしており、壁には「天然温泉」の文字が掲げられている。大阪のビル街の一角や、山ひとつない関東平野のど真ん中にある入浴施設でも、地下から汲み上げられた温かい湯が浴槽から溢れ出している。

地図を開いてみても、そうした都市部や平野部の周辺に活火山など影も形もない。火山がない場所で、なぜ水は温まるのか。地下の奥深くに未知のマグマが隠れているのだろうか。それとも、私たちが普段「温泉」と呼んでいる現象には、火山の有無とはまったく異なる別の仕組みが働いているのだろうか。

台湾の年平均気温と、昭和二十三年の線引き

私たちが日常で「これは温泉だ」と納得する基準と、制度の上で温泉と認められる基準の間には、意外なほどの隔たりがある。現在の日本において、何が温泉であり何がそうでないかを定めているのは、1948年(昭和23年)に制定された「温泉法」だ。

温泉法第二条によると、温泉とは「地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス」のうち、湧出時の温度が摂氏25度以上あるか、あるいは指定された19種類の特定成分(炭酸水素ナトリウムやメタけい酸など)のいずれかを規定値以上含んでいるもの、と定義されている。

ここでまず目が留まるのは「25度」という温度の低さだ。私たちが家の風呂や銭湯で浸かる湯は、概ね40度から42度前後に保たれている。25度の水といえば、真夏のプールやぬるめの水風呂のような肌ざわりであり、そのまま浸かればむしろ肌寒さを感じる冷たさだ。しかし法律の上では、この温度を超えて地中から湧き出せば、成分がどれほど真水に近くても「温泉」として扱われる。

なぜ25度という数字が境界線になったのか。これには近代日本の歴史的な経緯が関わっている。戦前の鉱泉をめぐる基準づくりでは、「その土地の年平均気温よりも明らかに温かい水」を温泉と見なす考え方が土台にあった。

当時の日本の領土でいちばん暖かかったのは台湾で、その南部の年平均気温がおよそ25度。つまり、国内のどこであっても25度以上の水が湧き出していれば、それは地表の大気や太陽光による加熱だけでは説明がつかず、地下の地熱の影響を受けている証拠になる、という論理から導き出された境界線だったのだ。

もう一つの転換点は、ボーリング技術の急速な進化だ。かつて日本の温泉といえば、岩の割れ目や河原から自然に湧き出す「自然湧出」の湯を利用するものが中心だった。自然に地表まで上がってくる熱水は、マグマの圧力を受けた火山地帯の断層に集中していたため、温泉文化は長らく火山のある山あいに限られていた。

しかし戦後から高度経済成長期にかけて、石油や天然ガスの採掘技術を応用した深層ボーリングの技術が飛躍的に発展した。地下数百メートルから1000メートル以上もの深さまで細いパイプを容易に打ち込めるようになると、人間は地表の割れ目を待つことなく、地下深くに眠る水脈へ直接手を伸ばせるようになった。

これにより、「火山帯にある温泉地へ出かけて入るもの」だった温泉は、平野部や都市部でも「地下深くを掘り抜いて汲み上げるもの」へと姿を変え、全国各地で新しい源泉が次々と誕生していくことになった。

百メートル潜るごとに三度上がる地球の皮膚

では、活火山がまったく存在しない平野の地下で、水はどのようにして温められているのだろうか。その答えを握っているのが、「地温勾配(地下増温率)」と呼ばれる地球そのものの物理的な性質だ。

地球は中心に向かうほど高温になっており、地殻の表面から奥深くへと潜るにつれて、周囲の岩盤の温度は規則正しく上昇していく。この温度の上昇率は地域によって多少のばらつきはあるものの、非火山性の一般的な大地ではおよそ100メートル深くなるごとに約2.5度から3度上がるとされている。

地表の平均的な地下水温を仮に15度としよう。ここからボーリング機械を使って地面をまっすぐ垂直に掘り進めていくと、500メートル掘った地点ですでに地温は約27度から30度に達し、温泉法の基準である25度を自然に突破する。さらに1000メートルまで掘削すれば地温は約45度になり、家庭の給湯器で沸かしたばかりの風呂と同じ熱さになる。1500メートル掘れば約60度という、手をつければ熱いと感じるほどの温度帯に達する。

つまり、地下深くの水を取り出しさえすれば、マグマの直接的な加熱がなくとも、地球の地殻が持つ断熱材のような厚みと内部の地熱だけで、水は勝手に適温まで温まっているのだ。

ただし、ただ深く掘ればどこでも温泉が出るわけではない。温かい湯を得るためには、熱源としての深さに加えて、そこに十分な量の「水」が存在し、かつ「水を通す地層」が広がっている必要がある。

こうした非火山性の温泉水には、大きく分けてふたつのタイプがある。ひとつは、数百年から数万年かけて地層の隙間をゆっくり循環しながら深部へ潜っていった雨水が温められた「深層地下水型」だ。もうひとつは、数百万年前に海だった時代の海水が地層の中に閉じ込められ、砂や泥の粒の間に蓄えられたまま地熱で温められている「化石海水型」だ。

平野の地下深くには、何層もの砂礫や粘土が重なり合った堆積盆地が広がっている。この堆積層が巨大なスポンジのような役割を果たし、大昔の水や雨水を閉じ込めながら、地球の熱をじっくりと受け止め続けている。私たちが都市部の温浴施設で浸かっている湯の正体は、何千メートルもの深さに閉じ込められた太古の水と、地球の皮膜が保ち続けている地熱の組み合わせだ。

マグマの直火と、千五百メートルの保温ポット

温泉が温まる仕組みを整理すると、温泉は決して単一の現象ではなく、異なるふたつの熱供給システムによって成立していることが見えてくる。

ひとつは、マグマという「直火」で沸かされる火山性温泉だ。草津温泉(群馬県)や別府温泉(大分県)、箱根温泉(神奈川県)などがその代表格だ。火山の地下数キロから十数キロには、1000度を超えるマグマだまりが存在する。そこから立ち上る塩化水素や硫化水素などの高温ガス、あるいはマグマから絞り出された熱水が、地表近くを流れる地下水と混ざり合うことで温泉が生まれる。

火山性温泉の特徴は、熱供給の圧倒的な強さと、成分の過激さにある。湧出温度が80度や90度を超えることも珍しくなく、強い酸性を示したり、金属を溶かし込んだ鮮烈な匂いや濁りを持つ。熱源が浅いところにあるため、人間が深く掘らなくとも、大地の割れ目から大量の熱湯が自噴してくる。

もうひとつは、地球の保温効果を利用する非火山性温泉だ。たとえば、東京都大田区や品川区などの銭湯に多く見られる「黒湯」が分かりやすい。この地域では、地下数百メートルから1000メートル以上掘削することで、濃い茶褐色の湯が汲み上げられている。

東京の黒湯は、かつて海底に堆積した植物性の有機物(フミン酸など)や古代の海水を含んだ地層から湧き出している。浅い層(数百メートル)から汲み上げた湯は20度前後の冷鉱泉であるためボイラーで加温されるが、1500メートル近くまで深く掘り進めた施設では、地温勾配によって最初から40度前後の温かい状態で湧出する。

一方で、火山がないにもかかわらず90度近い超高温泉が自然に噴き出す特異な例外も存在する。兵庫県の有馬温泉や、和歌山県の白浜温泉・湯の峰温泉といった紀伊半島の温泉群である。近畿地方には活火山がひとつもない。それにもかかわらず、有馬温泉の「金泉」は海水の1.5倍から2倍近い塩分を含み、鉄分と炭酸ガスに富んだ熱湯として地表に湧き出している。

近年の地質学やプレートテクトニクス研究によって、この熱水の驚くべき起源が解明されつつある。南海トラフから日本列島の下へと沈み込む海洋プレート(フィリピン海プレート)が、地下数十キロの深さで脱水作用を起こし、岩石から絞り出された超高圧・高温の流体が、断層を通ってマグマ化することなく地表まで一気に上昇してきていると考えられている。

火山の直火で温められる湯(草津・別府)、大地の深さで穏やかに温められる湯(東京の黒湯)、そしてプレートの沈み込みから直接立ち上る深部熱水(有馬)。私たちがひと口に「温泉」と呼んでいるものは、地球内部の全く異なるメカニズムがそれぞれに水を温めた結果なのだ。

脱衣所の掲示板に並ぶ「深度」と「泉温」

この仕組みを理解したあとで温泉に入ると、脱衣所や浴室の風景がそれまでとは少し違って見えてくる。

服を脱ぐ場所の壁には、温泉法に基づいて必ず「温泉分析書」や温泉利用状況の掲示板が掛けられている。成分名や効能の文字が細かく並んでいるため普段は読み流してしまいがちだが、手がかりになるのは、「泉温(源泉で汲んだときの温度)」の欄と、分析書や館内の案内にしばしば添えられている「掘削深度(地下何メートルから汲み上げているか)」のふたつの数字だ。

もし訪れた場所が平野部のスーパー銭湯や市街地の浴場でありながら、案内に「地下1,500メートルから汲み上げ」とあり、湧出時の泉温が「42.5℃」と記されていたら、その数字の意味を頭の中で計算してみることができる。

1500メートルという深さは、地上でいえば隣の駅までの道のりをまるごと真下へ向けたほどの長さだ。100メートルごとに約3度上がる地温勾配を当てはめれば、深さ1500メートルでは地温が地表より約45度高い。地表水温が15度なら、地下深部の岩盤は60度前後に達している計算になる。

そこから地上へ吸い上げられてくる途中で配管を通って少し冷まされ、地表に届いたときの温度がちょうど湯船に適した42度前後になる。湯口から絶え間なく注がれる湯に手を入れたとき、肌に感じるその熱さは、どこかのマグマが沸かした熱ではなく、パイプの先にある1500メートルの岩盤の深さそのものを触っている感覚に近い。

反対に、掘削深度が「200m」と浅く、泉温が「18.5℃」と書かれている場合はどうだろうか。地温勾配による加熱だけでは温度が足りないため、利用状況の掲示には「加温あり」と記されているはずだ。だがその代わりに、溶存物質の欄を見ると、太古の海水や植物成分が濃縮された数値が並んでいる。

湯口から出る湯の温度と、脱衣所の分析書に並ぶ深さの数字を照らし合わせるだけで、その湯が地球のどの深さから、どのような旅路を経て目の前の浴槽を満たしているのかが、肌の温度感覚とともに立ち上がってくる。

距離の尺度から、深さの尺度へ

温泉をめぐる私たちの感覚は、知らず知らずのうちに「水平の距離」に縛られていることが多い。活火山が連なる山脈からどれほど離れているか、あるいは有名な温泉街まで何時間かけて移動したか、という平面的・地理的な距離だ。

しかし、温泉が温まる理由を地質と地温勾配の視点から捉え直すと、その見方は「垂直の深さ」へと組み替えられる。

火山地帯の高温泉は、地下浅くまで上昇してきたマグマの熱をダイレクトに受けている。一方で、火山から何百キロメートルも離れた都市の平野部であっても、地下へ垂直に1500メートル潜れば、そこには確実に40度を超える熱い岩盤の世界が存在している。

日本列島において、温泉の温かさは「火山の近さ」だけで決まるのではない。地殻の深部に蓄えられた熱と水に、どれだけの深さで触れることができたかという結果でもある。

街中の銭湯の黒褐色の湯に身体を沈めるとき、あるいは山あいの白濁した湯口に手をかざすとき、私たちは湯の熱さを通じて、足元に広がる地球の厚みそのものに触れている。脱衣所の掲示に刻まれた深度と泉温の数字は、その垂直な距離を淡々と記録している。

SOURCES

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  2. 神奈川県温泉地学研究所 - I−2 日本の温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
  3. ㉗ 学術調査で分かった! 東京は立派な「療養できる温泉地」 | 【公式】東京銭湯/東京都浴場組合本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
  4. 東京にどうして温泉があるの ? ~関東平野南部の深層熱水資源~|災害と緊急調査|産総研 地質調査総合センター / Geological Survey of Ja本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
  5. 温泉とは何か? ──温泉の定義や泉質、効能 │72号 温泉の湯悦:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
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  7. 温泉科学「温泉の温度(泉温)・・・なぜ25℃以上なのか?」|別府温泉地球博物館 Beppu Onsen Geo-Museum本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
  8. 温泉のメカニズム | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
  9. 深部流体の起源|研究紹介|産総研 地質調査総合センター / Geological Survey of Japan, AIST本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)