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自然に湧く湯・掘って出す湯・汲み上げる湯
日本の利用源泉の七割以上は動力で汲み上げられており、自噴泉は少数にとどまる。明治以降の機械の普及が各地の温泉開発を進め、過度な汲み上げを防ぐ管理制度が整えられてきた。温泉分析書の湧出形態は、地下の圧力環境と人間が大地に向き合ってきた歴史を物語る。

全国の利用源泉の七割以上がポンプで汲み上げられているという事実
環境省がまとめた令和4年度の温泉利用状況の統計によると、全国にある利用源泉の総数1万6960本のうち、ポンプなどの動力で汲み上げられている動力泉は1万2849本を占める。割合にしておよそ75.8パーセントだ。これに対して、人の手で掘った穴や自然の裂け目から自力で噴き出す自噴泉は4111本にとどまる。未利用の源泉を含めた総源泉数2万7967本で見ても、動力揚湯(ポンプで汲み上げる方法)は1万8608本に達している。
地面から湯煙がもうもうと立ち上り、自ら豊かに湯が湧き出ている光景を思い描きがちだが、実際のところ日本で使われている温泉の4分の3以上は、人工的な機械の力を借りて地下から引き上げられている。温泉分析書の片隅にひっそりと記される湧出地や湧出形態の文字は、その湯がどのような経路をたどって地上へ現れたのかを淡々と示している。
湯宿の脱衣所に掛かる温泉分析書には、泉温やpH、含まれる成分のミリグラム数とともに、湧出量と湧出形態が必ず記載されている。そこにある「自然湧出」「掘削自噴」「動力揚湯」という文字は、単なる工法や設備の区別にとどまらない。その土地の地下で何が起きているか、人間が地下の熱水に対してどのような関わり方をしてきたかを端的に示している。
機械の導入とともに進められてきた地下開発の歴史
明治時代以前の日本において、利用されていた温泉のほとんどは自然に湧き出すものだった。古くからの湯治場は、川沿いや谷底、岩の割れ目など、地形の低みから自ら湧き出る湯をそのまま湯船に導いて使っていた。山肌や沢筋に自然に湧き出る湯の周囲に小屋を掛け、木樋で湯を引く素朴な利用が基本であった。
しかし明治以降、千葉県発祥の上総掘りや西洋式のボーリング技術が導入されると、各地の温泉地で新しい源泉を求めて地面を深く掘削する試みが盛んに行われるようになった。鉄管を打ち込み、地下数百メートルの帯水層を貫く技術によって、自力で湯が噴き上がる掘削自噴の源泉が全国で次々と誕生した。大正から昭和初期にかけて、掘削技術の進歩は各地の温泉街の規模を急速に押し広げていった。
昭和30年代以降には、深部からの揚湯を可能にする水中モーターポンプなどの機械が普及し、これまで湯が得られなかった平野部や都市部でも次々と温泉が開発されていった。1000メートルから1500メートルを超える大深度の掘削と高性能なポンプの組み合わせによって、自力では地表に届かない熱水を取り出すことが可能になった。
一方で、過度な汲み上げによる湧出量の減少や地下水位の低下、近隣源泉の枯渇が各地で問題視されるようになった。これを受けて1948年に制定された温泉法のもとで、都道府県知事による掘削許可や動力装置の設置許可、採取規制などの管理制度が段階的に整えられてきた。湯を求める人間の欲望と地下資源の有限性との間で、技術と制度のせめぎ合いが続けられてきた歴史がある。
地下の圧力と人工的な介入が分ける三つの湧出形態
温泉分析書に記される「自然湧出」「掘削自噴」「動力揚湯」の三つは、地下の圧力環境と人間の手の加わり方をそのまま表している。
自然湧出は、地殻の割れ目や断層、浸透性の高い地層を伝って、地下深部の熱水が持つ静水圧や溶存ガスの膨張力だけで地表へ現れる現象である。人が穴を掘ることなく、大地が自ら湯を押し出している状態を指す。熱源となるマグマや高温岩体の活動、周囲の山々から供給される地下水の水頭圧、地質構造の亀裂という三つの自然条件が完全に揃った場所に限られる。
掘削自噴は、機械を用いて地下の温泉脈まで井戸を掘削した結果、地下の被圧水が自らの圧力やガス圧によって地表まで吹き上がる仕組みだ。自然のままでは地表に現れなかった熱水が、人間が開けた一本の人工的な孔をきっかけにして地上へと駆け上がる。自然の圧力と人工の細い通路が組み合わさることで成立している形態なのだ。
これに対し動力揚湯は、地下に熱水は存在するものの、自力で地表まで上昇するだけの圧力やガス圧が足りない場合に、井戸の中に挿入したポンプの機械力を用いて汲み上げる方法だ。地下水位が地表よりも低い位置にあるため、水中ポンプを水面下に沈め、電気の力で強制的に湯を引き上げる。
それぞれの湧出形態は、地下にある熱源の強さ、帯水層にかかる圧力、溶存ガスの量、そして人間がどこまで深く掘り進めたかという条件の違いによって決まっている。地下深くの熱水と地表との位置関係、そして圧のバランスが三つの言葉に凝縮されている。
草津の自然湧出と大分に見る湧出環境の対比
こうした湧出のあり方は、土地の地質条件や地形の成り立ちによって大きく異なる。
群馬県の草津温泉では、白根山の火山活動に由来する豊富な熱水と高いガス圧に支えられ、圧倒的な量の自然湧出が今なお維持されている。草津のシンボルである湯畑源泉や万代鉱源泉、西の河原源泉など、主要な源泉の多くが自噴しており、町全体で毎分3万リットル以上の湯が湧き出ている。火山帯の浅い部分に熱源と割れ目が密集している土地だからこそ、人の手で深く掘り下げずとも自らの力で地表へと湯が溢れ出す。
これに対して、源泉数およそ5000本、湧出量で日本一を誇る大分県の別府温泉では、掘削による自噴泉と動力揚湯の源泉が市街地全体に入り交じっている。別府では明治時代以降、上総掘りや機械ボーリングによって無数の井戸が掘り進められた。扇状地の下に広がる熱水プールから湯を取り出すため、時代とともに自噴から動力揚湯へと切り替えられた源泉も数多く存在する。
さらに東京や大阪などの大都市圏に目を向けると、深度1000メートルから1500メートル前後の非火山性の堆積層を掘削し、地温勾配によって暖められた古代の海水や地下水をポンプで汲み上げる動力揚湯が主流を占める。
火山帯の裂け目から直接吹き出す草津、浅い掘削と深い掘削が混在する別府、そして大深度ボーリングとポンプ技術に依存する大都市圏。それぞれの温泉地が採用している湧出形態を並べることで、日本列島の地質構造の違いと、それぞれの土地で湯を利用してきた歴史の深さが明確に対比される。
湯船の湯口と分析書の文字を結びつけて眺める
実際の湯船の前に立つと、湯口から注がれる湯の勢いや、肌に触れる温度、湯面の揺らぎに意識が向く。その脇に掲げられた温泉分析書で湧出形態の欄に目をやると、その湯がどのような力で湯口まで届いているのかを正確に知ることができる。
自然湧出の湯口からは、地下のガスを含んだ湯が一定のリズムで静かに、あるいは不定期に息づくように注がれることがある。掘削自噴の源泉であれば、細い配管を通って高い圧力とともに勢いよく吐き出される湯の動きが見られる。一方、動力揚湯の湯では、ポンプの吐出圧によって安定した流量が湯船に送り込まれ、過不足のない給湯管理が行われている。
動力による揚湯という文字を見ると、人によっては人工的な加工のように感じるかもしれない。しかし地下水面が低下した地域において、ポンプによる汲み上げは熱水を安全かつ衛生的に届けるための確実な管理手法だ。過剰な汲み上げを防ぐために揚湯量を制限し、動力装置の稼働時間を制御することで、有限な温泉資源を維持している現場も多い。
湯口から注がれる湯の温度や香り、肌ざわりを確かめながら、脱衣所の分析書に書かれた湧出形態の文字を重ね合わせる。すると、湯船に張られた湯が、地下数百メートルの岩盤からどのような力を受けて目の前に届いたのかという経路が、具体性を持って結びついてくる。
分析書の文字が教えてくれる地下のダイナミクス
温泉分析書にある湧出形態の項目は、単なる設備の分類名ではなく、人間が大地とどう向き合ってきたかの記録である。
自然湧出の源泉は、地形の低みや地殻の割れ目という自然の偶然に人間が寄り添ってきた歴史を物語る。掘削自噴は、近代の掘削技術によって大地の奥底に眠る圧力を解放した証拠だ。そして動力揚湯は、地下深部の地熱を高度な工学技術と資源管理によって引き出し、日常の空間へと接続した現代の到達点を示している。
日本の温泉利用源泉の75.8パーセントを占める1万2849本の動力泉も、4111本の自噴泉も、それぞれの土地の地層の厚さ、熱源の深さ、地下水の水圧に応じた選択の結果として今そこにある。
湯船に満ちる一杯の湯に浸かりながら、壁に掲げられた分析書の湧出形態の欄を見る。そこには、数万年前の火山活動や深層の帯水層、そして明治から令和に至るボーリング技術とポンプの導入という、地下と地上の長い交差が確かに記録されている。
ゆーたなかお
温泉天国 - Onsen Paradise 運営旅と食と温泉好き。どこにでもいます。
SOURCES
- jtb.or.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 源泉数日本一の別府温泉と、湧出量日本一の草津温泉では、どちらが多くの温... - Yahoo!知恵袋本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 源泉の湧出形態/ホームメイト本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- onken.odawara.kanagawa.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- scj.go.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 岐阜県温泉協会公式サイト本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉みしゅらん自動転送本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉の湧出量とは:数字の読み方と温泉選びでの見方本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉はどうやって湧くのか:水・熱・通り道の仕組み本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉のメカニズム | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 旅で役立つ温泉の基礎知識温泉の定義と温泉分析書の見方を解説【Column 2】 | Discover Japan | ディスカバー・ジャパン本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)