MAGAZINE / 07 · SOURCE
自然に湧く湯・掘って出す湯・汲み上げる湯
分析書の隅にある「自然湧出」「掘削自噴」「動力揚湯」は優劣の序列ではなく、地下の圧力と人の手の関係を記した一行だ。上総掘りの湯突き、サイダーの泡と同じ自噴の力、湯口の気泡に現れる通り道の違い。

脱衣所の壁にある、たった一行の分類
温泉旅館や日帰り入浴施設の脱衣所に入ると、壁に額縁入りの「温泉分析書」が掲げられているのを目にしたことはないだろうか。泉質名や水素イオン濃度(pH)、含まれるイオンのミリグラム数といった細かな数字が並ぶなか、湧出地の欄の近くに「自然湧出」「掘削自噴」「動力揚湯」という文字がひっそりと書かれている。
多くの人は、この一行をほとんど意識せずに通り過ぎる。あるいは、もし気にとめたとしても「人の手が入らない自然湧出が最も価値があり、機械で吸い上げる動力揚湯はどこか人工的で劣っているのではないか」という印象を抱くかもしれない。手つかずの自然を尊び、人工物を遠ざけたくなる私たちの感覚からすれば、それはごく自然な連想に思える。
だが、全国各地の温泉を調べていくと、その直観はあっけなく裏切られる。環境省がまとめた温泉利用状況の統計によれば、日本全国にある利用源泉のうち、動力によって汲み上げられているものは約7割から8割を占め、湧出量ベースで見ても全体の約7割が動力によるものだ。もし動力揚湯を格下のものとして退けてしまえば、私たちが日常的に浸かっている温泉文化の大部分を否定することになってしまう。
では、この3つの分類は、いったい何を表しているのだろうか。単に湯が地表に出てくる仕組みの違いに過ぎないのか、それとも浴槽の湯そのものの手触りや香りにまで、目に見える変化を及ぼしているのだろうか。
鉄のノミと竹ひごが変えた湯の地図
温泉が地表に出てくる方法は、日本の歴史のなかで大きく様変わりしてきた。明治時代に入るまで、日本人が利用できた温泉のほぼすべては「自然湧出」だった。岩盤の割れ目や川床、谷底などから自らの力で地表に染み出し、あるいは噴き出していた湯だ。当時の人々は、その湧き出し口の周りに木枠を組み、そのまま浴槽として使っていた。
この状況を根本から変えたのが、明治時代初期に登場した掘削技術だ。千葉県の上総地方で考案された「上総掘り」と呼ばれる井戸掘りの技術が、全国の温泉地へと持ち込まれた。
上総掘りは、孟宗竹を細く割いた竹ひごの弾力を利用し、先端に取り付けた重い鉄のノミを地面に打ち下ろして岩盤を砕く工法だ。数人の職人が足踏み車を回しながら、何ヶ月もかけて地下数百メートルまで掘り進めた。この技術が大分県の別府に導入されたのは、明治12年(1879年)前後のこととされる。別府ではこの工法が「湯突き」と呼ばれ、それまで限られていた自然湧出の源泉に加え、短期間のうちに何十本もの井戸が掘られた。
地下深くの湯脈に鉄管が届くと、地下に閉じ込められていた高い圧力によって、湯が自ら管を駆け上がり、地表へと勢いよく噴き出した。これが「掘削自噴」の誕生だ。掘削自噴の登場によって、川底などの低い場所に限られていた温泉地が、台地や市街地の中心へと広がっていった。
昭和に入ると、掘削技術はさらに進化を遂げた。大正末期から昭和初期にかけては、鉄のワイヤーロープと動力モーターを使う綱掘り式が普及し、戦後には石油掘削で使われていた回転式(ロータリー式)のボーリング機械が導入された。掘削できる深さは数百メートルから、やがて1000メートル、1500メートルを超える大深度へと達するようになった。
しかし、深く掘れば掘るほど、あるいはひとつの温泉地で掘削井の本数が増えるほど、ひとつの問題が生じた。地下の水圧だけでは、湯が地表まで自力で上がりきらなくなったのだ。
そこで昭和30年代から50年代にかけて普及したのが、動力を用いた汲み上げ、すなわち「動力揚湯」だ。初期には地表から吸い上げる渦巻きポンプや、井戸の底に圧縮空気を送り込んで気泡と一緒に湯を押し上げる「エアーリフト方式」が使われ、昭和50年代以降は、地下深くの水中に直接沈めて湯を押し出す高耐久の「水中モーターポンプ」が主流となった。
現在、私たちが街中の温浴施設や山あいの旅館で手軽に湯に浸かれる背景には、こうした掘削と揚湯技術の連続的な進化があった。地表の裂け目を待つ時代から、地下の湯脈に管を通し、必要に応じて揚げる時代へ。湧出形態の3分類は、温泉開発の技術史そのものを映し出している。
地下の圧力と、地表への通り道
なぜ温泉は自ら噴き出したり、あるいはポンプの助けを必要としたりするのだろうか。その仕組みを解き明かす鍵は、地下の「圧力」と「通り道」の物理的な関係にある。
私たちが日常で使う家庭の水道は、高台にある配水池やポンプによって管の中に強い圧力がかかっているからこそ、蛇口をひねるだけで水が勢いよく飛び出す。地下深くの温泉も、原理としてはこれに極めて近い。
地表に降った雨や雪は、何十年、何百年という歳月をかけて地下の岩盤に染み込み、地下水となる。この水が地下深くでマグマの熱や地球内部の地温勾配によって温められると、膨張し、また周囲の地層や上流からの水圧によって高い圧力がかかった「被圧地下水」となる。
もし、その高圧の湯の溜まり場から地表に向かって、断層などの自然な岩盤の割れ目がまっすぐに通っていれば、湯は自らの圧力で地表まで押し上げられる。これが「自然湧出」だ。岩肌の隙間からポコポコと湯が湧き出している光景は、地下の圧力水頭(水を押し上げる高さ)が地表の標高よりも高い位置にあることを示している。
次に「掘削自噴」は、地下深くにある高圧の湯脈に対して、人間がボーリング工事によって人工的な通り道(井戸)を通した状態だ。自然の割れ目が地表まで届いていなくても、パイプを通すことで密閉された流路ができ、地下の圧力によって湯が一気に地表まで噴き上がる。
掘削自噴が起きる理由は、地下水圧だけではない。高温泉の場合、地下深くでは高い圧力によって液体として存在していた熱水が、井戸を上昇して圧力が下がるにつれて一部が沸騰し、水蒸気の泡へと変わる現象が起きる。また、湯の中に大量の二酸化炭素(炭酸ガス)が溶け込んでいる場合、減圧に伴ってガスが発泡する。
サイダーの瓶の王冠を抜いた瞬間に、底から無数の泡が立ち上って中身が吹きこぼれそうになるのを見たことはないだろうか。あの現象と同じで、水蒸気やガスの泡が管の中で膨張すると、全体の比重が軽くなり、ピストンのように湯を地表へと押し上げる。この気泡による自噴力は非常に強く、毎分数百リットル、家庭用の風呂桶なら1分も経たずに何杯も満杯にしてしまうほどの勢いで噴出し続ける源泉もある。
一方、「動力揚湯」は、地下の圧力が地表まで湯を押し上げるには足りない場合に用いられる。地下1000メートルに豊かな湯脈があっても、水圧が足りなければ、湯面は地表から数十メートル、あるいは数百メートル下の位置(水位)で止まってしまう。この止まった水面まで水中ポンプを吊り降ろし、電気の力で管を通して地上へと押し上げる。
つまり、自然湧出、掘削自噴、動力揚湯の違いとは、湯の質的な格付けではなく、「地下の圧力がどこまで湯を押し上げる力を持っているか」と「人間がどう通り道を作ったか」という力学的な条件の違いに過ぎない。
土地の地質が選ばせる、3つの採取法
日本各地の温泉地を眺めると、どの湧出形態が主流であるかは、その土地の地形や地質構造によって鮮やかに分かれている。
たとえば、群馬県の草津温泉の中心にある「湯畑」は、自然湧出の代表例だ。草津の湯畑周辺では、草津白根山に連なる火山性の地下構造によって、地下浅い部分に極めて高い圧力と熱を持った湯脈が形成されている。そのため、地面を深く掘らなくても、岩の割れ目から毎分4000リットル以上という桁外れの湯が自然に湧き出す。ここでは自然の通り道が十分に機能しているため、あえて地下深くへ機械を差し込む必要がない。
これと対照的なのが、大深度掘削によって拓かれた都市部や平野部の温泉だ。東京湾岸や関東平野の堆積盆地では、地下1000〜1500メートルの古代の地層(上総層群など)に、数百万年前の海水や有機物を含んだ「化石海水」と呼ばれる冷鉱泉や温泉水が眠っている。平野部には火山のような強い熱源や急峻な地形による水頭差が存在しないため、地表まで自力で湧き上がることはまずない。こうした場所では、地質学的な必然としてボーリングを行い、水中ポンプを設置する動力揚湯が選択される。
さらに、別府や箱根のように、歴史のなかで湧出形態が移り変わっていった複合的な温泉地もある。別府では、もともと川沿いや浜辺の自然湧出から始まったが、明治期の上総掘りによる「掘削自噴」の爆発的な普及を経て、源泉数が増加した。源泉数が増えて地下の水圧が分散すると、一部の井戸では自噴が止まり、揚湯ポンプを導入して湯量を安定させる「動力揚湯」へと移行していった。現在の大分県には、自力で噴き上がる掘削自噴泉と、ポンプで丁寧に汲み上げる動力揚湯泉が混在している。
なお、温泉ファンの間でよく語られる「足元湧出」は、これら3つの湧出形態とは次元の異なる話だ。足元湧出とは、浴槽の底の岩や砂から直接湯が湧き出している「浴槽の構造」を指す言葉であり、湧出形態の分類(自然・掘削自噴・動力)そのものとは区別して考える必要がある。浴槽の底に自然湧出しているものもあれば、底にパイプを仕込んだ自噴井もある。
自然湧出か、掘削自噴か、動力揚湯か。それは温泉の優劣を決める序列ではなく、火山帯の山腹なのか、平野の堆積層なのか、あるいは湯守たちが長い年月をかけて地下の水圧をどう管理してきたかという、土地の個性と技術の組み合わせだ。
湯口の気泡と匂いに現れる、地表への道程
脱衣所で分析書を読んだあと、浴室に入って湯口を眺めると、湧出形態の違いが湯の表情として立ち現れていることに気づく。地下から浴槽に至るまでの「通り道」の条件が、湯に含まれる気体成分や温度に影響を与えるからだ。
特に変化が分かりやすいのは、二酸化炭素(炭酸ガス)や硫化水素といった揮発性のガス成分を多く含む温泉だ。
掘削自噴の源泉では、地下深くから地表まで細いパイプの中を高い流速で一気に駆け上がってくる。このとき、急激な減圧によって湯の中に溶け込んでいたガスが発泡し、湯口から細かな泡となって勢いよく噴き出す。浴槽の湯口近くに体を沈めると、肌にびっしりと細かな気泡が付着したり、鼻先に硫黄の香りが鮮烈に届いたりするのは、この急激な自噴の勢いによる恩恵であることが多い。
一方、動力揚湯の温泉では、ポンプの設置方式によって湯の表情が異なる。かつて多く使われたエアーリフト方式では、井戸の底に圧縮空気を吹き込んで湯を持ち上げるため、揚湯の過程で湯が大量の空気に触れる。その結果、二酸化炭素や硫化水素ガスが空気中に抜けやすく、また湯の中に含まれる鉄分が酸化されて、湯口に達する頃には鮮やかな赤褐色に変化することもある。
現在主流となっている水中モーターポンプによる揚湯では、密閉された水中からインペラ(羽根車)の回転によって湯を機械的に押し上げるため、空気との余計な接触が抑えられ、地下の成分と温度を比較的保ったまま地上へ届けられる。動力揚湯の温泉であっても、湯口から注がれる湯が極めて澄んでおり、しっかりとした成分の重みを感じられるのは、こうした送湯設備の緻密な管理があるからだ。
浴槽で湯口の落ち方を観察すると、泡を噛みながら間欠的に吐き出されていることもあれば、一定の静かな水流で滑らかに注がれていることもある。湯口の周囲に白や褐色の析出物がどんな形でこびりついているかも含め、その光景はすべて、地下数百メートルから湯船に至るまでの配管のなかで、湯と空気、そして圧力がどんな対話をしてきたかの痕跡なのだ。
配管の長さを想像しながら浸かる
私たちは温泉に入るとき、どうしても「自然のまま」という言葉に惹かれがちだ。しかし、湧出形態という事実を丁寧に辿っていくと、自然湧出だけが温泉のすべてではないことがよく分かる。
地表の割れ目から溢れ出る自然湧出の湯は、その土地の地形と火山活動が偶然生み出した得がたい地点だ。地中から勢いよく噴き上がる掘削自噴の湯は、地下に封じ込められた熱と圧力が、一本の管を通じて解放された瞬間の力強さを伝えている。そして、水中ポンプによって静かに汲み上げられる動力揚湯の湯は、深い地層に眠る熱水を、技術と管理によって安定して日常に引き寄せた成果だ。
温泉分析書の一角にある「自然湧出」「掘削自噴」「動力揚湯」という文字は、優劣を格付けするための記号ではない。足元の下、数十メートルから千数百メートルに及ぶパイプや岩盤の通り道を経て、湯が湯船へ注がれるまでの物理的な工程を記録した、いわば湯のカルテだ。
SOURCES
- 日本の温泉データ ③ ゆう出量 | 日本温泉総合研究所本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 神奈川県温泉地学研究所 - III−2−(2) 温泉の取り方本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 岐阜県温泉協会公式サイト本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 上総掘り:地球のはなし|別府温泉地球博物館 Beppu Onsen Geo-Museum本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 【温泉掘削】|箱根温泉公式サイト「箱ぴた」本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- IV−4. 温泉の掘削 | 地下水・温泉-温泉を知ろう | 神奈川県温泉地学研究所本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- スパテクノ 温泉井戸の開発について本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 温泉用水中モータポンプ|おかもとポンプ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 温泉のメカニズム | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)
- 温泉利用施設に関する調査結果について(概要) | 報道発表資料 | 環境省本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-02)