MAGAZINE / 05 · COLORS
温泉の色はなにで決まる?
湧き口では透明なのに、湯船では乳白色。温泉の色の多くは地中ではなく、空気に触れたあとの酸化と光の散乱が作る。白・青・赤褐・黒・緑それぞれの仕組みと、湯口と湯尻の見比べ方。

湧き口は透明なのに、湯船は白い
温泉街の湯小屋に入り、足元に広がる乳白色やエメラルドグリーン、あるいは黒蜜のような黒褐色の湯を目にしたとき、私たちは無意識に強い成分を思い浮かべる。家庭の浴槽にためた無色透明の水道水と見比べ、色がついているだけで何か特別な鉱物がたっぷり溶け込んでいるように感じるものだ。
だが、湯が湧き出している木樋の口を覗き込んでみると、不思議な光景に出くわすことがある。湯船全体は真っ白に濁っているのに、注ぎ口から出ている源泉そのものは透き通った透明である場合が少なくない。
色が濃いほど成分が濃い、という直感は本当なのだろうか。もし地中の成分がそのまま湯の色になっているのなら、なぜ湧き出た瞬間の湯には色がなく、浴槽にたまった後になって急に色づくのだろうか。
温泉分析書に書かれた「知覚的試験」の落差
脱衣所の壁に額装されている「温泉分析書」を眺めてみると、この色の変化に関する公的な記録が残されている。
温泉分析書は、環境省が定める「鉱泉分析法指針」に基づいて登録分析機関が作成する書類だ。ここには大きく分けて二つの観察結果が書かれている。ひとつは源泉の湧出口で行う「湧出地における調査及び試験成績」、もうひとつは持ち帰った検体を調べる「試験室における試験成績」だ。
その中にある「知覚的試験」という項目に目を留めたことはないだろうか。色や濁り、匂い、味などを人間の感覚器で記録する欄だ。
多くの白濁湯や赤褐色の温泉で、湧出地の欄には「無色澄明」と書かれている。ところが、そのすぐ下や別表に目を移すと、「微白濁」や「黄褐色混濁」といった具合に、まったく違う状態が記録されている。同じ源泉から採られた同一の液体であるにもかかわらず、採取した瞬間と時間が経った後とで、見かけの姿が完全に食い違っているのだ。
日本の温泉行政において、この成分分析が制度として整えられたのは明治時代初期にさかのぼる。1874(明治7)年、のちの国立の衛生試験機関へつながる「司薬場」が設置され、各地の温泉水が東京や大阪へ運ばれて近代的な化学分析にかけられるようになった。当時、現地の温泉宿から送られてきた水は、採取時には無色だったはずなのに、検査機関に届く頃には茶色い沈殿物がたまっていたり、白く濁ったりして分析官を悩ませたという。
温泉の分析技術が確立されるにつれて、液体の色は地中にあったときの状態をそのまま示しているのではなく、地上に顔を出したあとに周囲の環境と反応して現れる「二次的な現象」であることが分かってきた。
昭和に入り、光の散乱理論や電気化学の進歩によって、温泉水の中で起きている極小の物理・化学変化が詳細に解明されていく。湯の色は、単に鉱物の絵の具が溶けているのではなく、地上という新しい環境に適応しようとする温泉の変化そのものだったのだ。
空気に触れて生まれる微粒子と光の散乱
温泉が色づく仕組みの核心にあるのは、気体の酸化と光の散乱だ。
代表的な乳白色の湯を例に取ってみよう。秋田県の乳頭温泉郷や群馬県の草津温泉などの硫黄泉では、地中深くの高温高圧下で、硫黄分が主に「硫化水素」という気体の形で水に溶け込んでいる。この硫化水素分子そのものは目に見えず、溶け込んでいる水も透明だ。
しかし、湯が地表へ湧き出して大気中の酸素に触れると、化学反応が始まる。硫化水素が酸素と結びついて酸化し、水に溶けない固体の単体硫黄へと変わるのだ。このとき生じる硫黄は、砂粒のような大きな塊ではなく、1ミリメートルの千分の一から万分の一という極めて微小な「硫黄コロイド」と呼ばれる粒子となって水中を漂う。
このコロイド粒子に太陽光や照明の光が当たると、「ミー散乱」という光学現象が起きる。粒子の大きさが可視光線の波長と同等かそれ以上である場合、光のすべての波長(赤から青までの七色)が一様に四方八方へ散乱される。すべての色が混ざり合って私たちの目に飛び込んでくるため、水全体が、牛乳を垂らしたように白く濁って見える。
一方、大分県の別府温泉(鉄輪温泉や海地獄など)や由布院温泉などで見られる、透き通るようなコバルトブルーや青白色の湯は、異なる散乱現象によって生まれる。
青い湯の多くには、ケイ素化合物である「メタケイ酸」が大量に含まれている。地下のマグマに近い超高温の熱水は、周囲の岩石からメタケイ酸を限界まで溶かし込む。これが地上に出て温度が下がると、溶けきれなくなったケイ酸同士が手を取り合って結合し、目に見えないほど微細なシリカコロイド粒子を形成する。
この粒子が光の波長よりも十分に小さい初期段階では、「レイリー散乱」という現象が起きる。波長の長い赤い光は粒子をすり抜けてしまうが、波長の短い青い光だけが細かく散らされ、私たちの網膜に届く。空が青く見えるのとまったく同じ物理現象が、家庭の浴槽の数倍から数十倍ある露天風呂の湯の中で起きているのだ。
シリカの粒子は時間が経つにつれて徐々に寄り集まり、大きく成長していく。すると散乱の性質がレイリー散乱からミー散乱へと移行し、青かった湯は次第に白みを帯びていく。青い湯は、湧出してから粒子が育つまでの限られた時間幅の中にだけ存在する、束の間の光学現象なのである。
泥炭の黒、鉄の赤、多硫化物の緑
光の散乱だけでなく、溶けている化学成分そのものの色や、地質年代の有機物が色を作る事例もある。
兵庫県の有馬温泉の「金泉」に代表される茶褐色や赤褐色の湯は、鉄のイオン反応によるものだ。地中深くの無酸素状態では、鉄は「二価鉄イオン(Fe²⁺)」という形で水に溶けており、この状態では完全に無色透明だ。ところが湯口から空気に触れた瞬間、鉄は酸化されて「三価鉄イオン(Fe³⁺)」へと変わり、さらに水酸化鉄などの不溶性の微小沈殿物となって水中に広がる。鉄の釘が空気に触れて赤サビを吹くのとまったく同じ変化が、浴槽の中で急速に進行してあの独特な赤褐色を作り出す。
一方、東京の蒲田や大田区周辺の銭湯、あるいは北海道の十勝川温泉で見られる「黒湯」や「モール泉」は、鉱物ではなく植物の化石が起源になっている。
数十万年から数百万年前の古代、海辺の湿地や森林に堆積した植物の遺骸が、地中の微生物によって分解されて「フミン酸」や「フルボ酸」といった腐植質(有機化合物)に変わる。これらが地下水に溶け出すと、フミン酸分子が可視光線の光を強く吸収するため、湯が黒褐色や琥珀色に見える。黒湯は酸化による沈殿物ではないため、ペットボトルに汲んで密閉して時間が経っても、酸化によって色や濁りが大きく変わることが少ないという特徴を持つ。
さらに、岩手県の国見温泉や長野県の熊の湯温泉、新潟県の月岡温泉などで見られる鮮やかなエメラルドグリーンの湯は、硫黄の化学状態が生み出す繊細な色合いだ。
酸性の硫黄泉では硫化水素がガスとして揮発しやすいのに対し、中性から弱アルカリ性の環境では硫化水素がイオン化しやすい。この硫化物イオンが空気中の酸素と反応しながら遷移していく途中で、「多硫化物イオン(ポリスルフィド)」と呼ばれる黄色の化学種が一時的に生じる。水中に漂う微小な析出物による青白い光の散乱と、この黄色いイオン成分が重なり合うことで、絵の具の青と黄色を混ぜたような鮮烈な緑色が水面に浮かび上がる。
湯口と湯尻でグラデーションを確かめる
こうした色のメカニズムを知ると、次に温泉に入るとき、浴室の風景の見え方が変わってくる。
まず注目したいのは、源泉が注ぎ込む「湯口」と、湯が溢れ出ていく「湯尻(浴槽の排出口側)」との色の差だ。
たとえば鉄分を含む温泉なら、湯口から出たばかりの湯を手ですくってみると、ほぼ無色かほんのりとした濁りしかない。しかし、浴槽の反対側へ視線を向けると、深みのある濃い赤褐色に染まっている。湧き出した湯が浴槽を満たし、空気に触れながらゆっくりと流れるわずか数メートルの旅の間に、鉄の酸化反応が着実に進んでいる証拠なのだ。
硫黄泉でも同様の観察ができる。湯口付近では澄んだ青みがかった透明感を持っていた湯が、広い浴槽を巡るうちに硫黄コロイドが生成・凝集し、浴槽の端ではすっかり不透明な乳白色へと変わっていることがある。
もし分析書を見る機会があれば、「知覚的試験」の欄に加えて「湧出量」と「溶存物質総量」の数字も合わせて確認してみると面白い。
毎分数百リットルという、一般家庭の浴槽を1分足らずで一杯にするほどの豊富な湯量が惜しみなく注がれている浴槽では、湯が空気に触れている時間が短いため、酸化が進みきらずに透明度が高く保たれる傾向がある。逆に、源泉の投入量が穏やかで滞留時間が長い浴槽では、反応が最後まで進んで濃厚な色濁りが現れやすい。
色は成分の絶対的な量を表しているのではなく、湯が地表に出てから浴槽の中でどれだけの時間を過ごしたかという「滞在の履歴」をそのまま映し出しているのだ。
色は成分の濃さではなく、湯が歩んできた時間の記録
温泉の色は、決して地下の鉱物組成だけで決まる静的な属性ではない。
地中の高圧・無酸素・高温という特殊な環境下で溶け込んでいた成分が、地表の開放された大気、気温、光と出会い、酸化やコロイド化という化学反応と物理現象を経て立ち現れる、極めて動的なプロセスである。
雨が降って地下水位が変わり、源泉の湧出速度や温度がわずかに変化するだけで、浴槽内のコロイド粒子の育ち方が変わり、昨日まで青かった湯が今日は白く濁る、といった変化が起きる。あるいは、浴槽の深さや光の差し込む角度によって、散乱される光の届き方が変わり、まったく別の色に見えることもある。
無色透明のまま成分が極めて濃い塩化物泉が存在する一方で、成分の総量としてはごく微量であっても、わずかな鉄分や硫化水素の酸化によって劇的な濁りを見せる湯もある。透明だから薄いわけでも、濃く濁っているから強いわけでもない。
湯口の無色澄明と、湯船の乳白色や赤褐色。その二つの色の落差には、地中から地上へと湧き出し、空気と光を受け止めながら姿を変えていく、温泉という流体が辿った時間そのものが刻まれている。
SOURCES
- 温泉の色 | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- 「乳白色の温泉」のメカニズム - 温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- 温泉分析書の見方 | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- I−4−(2). 泉質の判定 | 地下水・温泉-温泉を知ろう | 神奈川県温泉地学研究所本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- 神奈川県温泉地学研究所 - IV−2 温泉にまつわる話本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- 岐阜県温泉協会公式サイト本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- 「青色の温泉」ができるわけ - 温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- 温泉の色いろいろ …温泉のしくみと色 | キヤノンサイエンスラボ・キッズ | キヤノングローバル本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)
- いわゆる「黒湯」と言われる温泉について - 温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-01)