MAGAZINE / 05 · COLORS
温泉の色はなにで決まる?
地下の源泉から湧き出る液体は、地上へ現れた瞬間にはどれも無色透明である。地上で酸素や光と出会うことで、成分が化学反応を起こして色彩が生まれる。硫化水素や鉄分などの微粒子が光を散乱させ、白濁や赤褐色、青色へと変化する。

約二万七千本の源泉は、湧き出した瞬間になぜどれも無色透明なのか
環境省の統計によると、全国の源泉数は約二万七千本を数える。その圧倒的な数の源泉から湧き出る液体は、地下深くから顔を出した瞬間には例外なく無色透明だ。乳白色の濁り湯も、深いエメラルドの湯も、あるいはワインのような赤褐色の湯も、地中にある間は固有の色を持っていない。
温泉の色はもともと湯に備わっているものではなく、地上へ現れたあとの物質の変容によって後から生み出される。地下の高圧下では、ガスや金属イオンは完全に水中に溶け込んでいるため、光を遮る粒子が存在せず透明に見える。地表に出て大気圧へと解放され、外気に触れた瞬間に化学反応が始まり、目に見える色へと姿を変えていく。
同じ湯船でありながら、朝と夕方で色合いが微妙に変わる現象も含め、視覚的な色彩が何によって決まるのかという問いは、地下の化学と地表の環境が交差する点に端を発している。
鉱泉分析法指針の制定によって、温泉の色が化学変化として捉えられた歴史
かつて温泉の色は、土地の伝承や経験的な俗説として語られることが多く、科学的な実態は長らく曖昧なままに置かれていた。濁りや変色は単なる湯の個性や自然の不思議として受け取られ、成分の挙動と結びつけて説明されることは少なかった。
近代に入り、一九一三年(大正二年)に内務省が「鉱泉分析法指針」を定め、全国の温泉に含まれる成分の定量的な測定が始まると、色の捉え方も徐々に変わっていった。指針の制定により、水中にどれだけの鉄イオンや硫黄化合物、メタケイ酸が含まれているかが数値化され、各地の湯の特徴が客観的に比較できる土台が整った。
明治から昭和にかけての分析化学の進歩により、湯の色が単なる汚れや濁りではなく、水に溶けた微量な金属イオンやガス成分が特定の化学反応を起こした結果であることが解き明かされていった。特に戦後、温泉法に基づく分析と管理が厳格化される中で、環境省の指針に沿った成分測定が定着し、湧出時と利用時の状態の差異が詳細に記録されるようになった。
これにより、湯がどのような物質を含み、空気に触れることでどう変質するかというプロセスが、個人の印象ではなく客観的なデータとして蓄積されていくことになった。
硫化水素が酸素と結びつき、微小な粒子が光を散乱させて白濁が生まれる
温泉の色を決定づけているのは、水に溶けた成分が地上で引き起こす物理化学的な現象、すなわち光の散乱と化学変化の連鎖だ。光が湯の中を通る際、溶け込んでいた成分が微粒子となって浮遊し、その粒子の大きさと光の波長の関係によって私たちの目に届く色が決まる。
例えば、青森県の酸ヶ湯や秋田県の乳頭温泉郷で見られるような乳白色の湯は、地下から溶存ガスとして湧き出した硫化水素が、空気に触れて酸素と結びつくことで生まれる。この酸化の過程で水に溶けないごく小さな単体硫黄の粒子(硫黄コロイド)が生成される。この粒子が太陽光のすべての波長を均等に散乱させることで、人間の目には白く濁った湯として映る。いわゆるミー散乱と呼ばれる現象が、湯船の中で絶えず起きている。
一方、有馬温泉などの含鉄泉では、地下の還元的な環境で二価鉄(第一鉄イオン)として溶けていた鉄分が、地表で酸素と出会うことで三価鉄(第二鉄イオン)へと変わり、水酸化鉄の微粒子を形成して赤褐色や茶褐色へと変化する。湧き出した直後は透明で、時間が経つほど色濃くなるのは、この酸化の進行速度に起因している。
さらに、大分県の別府などで見られる青い温泉は、メタケイ酸などのシリカ成分が時間の経過とともに重合して微細なコロイド粒子となり、波長の短い青い光だけを強く散乱させるレイリー散乱が作用している。粒子が非常に細かく均一である初期段階でのみ青く見え、時間が経って粒子が大きくなりすぎると散乱の性質が変わり、白濁へと移行していく。
鉄分が赤褐色に変わる湯と、シリカの微粒子によって青く染まる湯の対比
こうした温泉の色彩変化を他の自然現象と比較すると、その構造の特異性がより鮮明になる。自然界の湖沼、例えば蔵王の火口湖である御釜などが示すエメラルドグリーンは、湖水中のイオウ成分や酸性度、水深による光の吸収と散乱によって固定された景観を作り出している。しかしそこには、絶えず底や配管から新鮮な熱水が注がれ、縁から排水されていくという急激な入れ替わりのシステムは存在しない。
これに対して温泉の湯船は、絶えず源泉が注がれ、空気に触れ、人が浸かってかき混ぜるという動的な環境にある。湯口から注がれた湯は、数分から数時間の単位で酸化や重合の反応を進めながら湯船を満たし、溢れ出ていく。
また、人工的な着色料を加えるプールや浴槽の演出とも異なり、温泉の色は地下の地質環境と地上の大気との接触によって一瞬一瞬で状態が書き換えられる。一般的な上水道の水がどれほど浄化されても均質な透明を保つのに対し、温泉の色は地中から持ち出された無機物が地表の酸素や光と出会うことで自ら姿を変える、流動する化学反応の現れなのだ。
時間とともに、同じ湯船の表情や色彩が刻々と移り変わっていく
実際の温泉地に足を運び、湯船の前に立つと、その色彩の境界線が視覚的に捉えられる。多くの含鉄泉や硫黄泉の湯口付近を観察すると、パイプから出たばかりの瞬間は澄んだ透明である湯が、数メートル先の湯船の中央に広がるにつれて急速に色を濃くしていくグラデーションが確認できる。湯口から離れるほど空気に触れる時間と表面積が増え、コロイド粒子の生成が進むためだ。
湯口の周囲やタイルの目地には、長い時間をかけて沈殿した成分が赤茶色や白濁色の析出物となってこびりついており、そこには湯が通ってきた歴史が堆積している。湯底を指でなぞると、沈殿した微粒子が巻き上がり、光の差し込み方によって湯の濁り具合が一気に濃さを増す。
管理を担う人々は、成分の変質や温度の変化に対応しながら、源泉から浴槽に至るまでの配管の清掃や湯量の調整を日々続けている。配管内で酸化が進みすぎると浴槽に届く前に管が詰まり、逆に湯の流速が速すぎれば浴槽内での発色が弱まることもある。目に見える色彩の鮮やかさは、源泉の成分と空気との接触度合い、そして湯が注がれる速度の均衡を示す直感的な指標として、湯船のなかに現れ出ている。
視覚的な現象の裏側で、地下の化学と地表の環境が静かに結ばれる仕組み
温泉の色は単なる装飾的な美しさや観光的な演出ではなく、地下数千メートルの地層と現在の地上とを繋ぐ微小な物理現象の集積だ。無色透明の地下水が、わずか数秒から数時間の空気接触や光の反射によって白や青や赤へと姿を変える仕組みは、水中に溶け出した無機鉱物が大気と出逢った瞬間にたどる必然の道筋である。
湯船に広がる色彩は、一九一三年に指針が定められた分析化学の歴史が示す通り、硫黄ガスや鉄イオン、メタケイ酸といった具体的な物質が、地表の光と酸素に出会って生じる散乱と酸化の帰結にほかならない。配管を通って湯口から注がれ、湯船の縁から溢れ出る数時間のあいだに、無色透明の液体は微粒子を生成し、光を散乱させ、色を変えながら排水口へと流れていく。
ゆーたなかお
温泉天国 - Onsen Paradise 運営旅と食と温泉好き。どこにでもいます。
SOURCES
- 温泉の色 | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉の色いろいろ …温泉のしくみと色 | キヤノンサイエンスラボ・キッズ | キヤノングローバル本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 含鉄泉とは?|お湯が茶色くなる理由と「鉄の湯」の効能を現場スタッフが解説 | 〜温泉の裏側を知る〜 ひねこじた温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 岐阜県温泉協会公式サイト本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- pref.aichi.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉の定義 [温泉の保護と利用]本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- knights.co.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉の色はなぜ違う?色彩が教える温泉成分の秘密|温泉ソムリエの成分独り言本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 「乳白色の温泉」のメカニズム - 温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 含鉄泉が赤褐色になる理由と名湯本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 茶褐色の温泉はなぜ茶色い?鉄分の酸化と楽しみ方・注意点本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 【温泉学】含鉄泉とはどんな温泉か|たびまろ|旅と暮らしの交差点本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉の濁度と色度とは?|白濁の正体と水質基準を現場スタッフが解説 | 〜温泉の裏側を知る〜 ひねこじた温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)