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温泉は 10 種類に分けられる
暖簾や分析書に並ぶ長い泉質名は、陽イオンと陰イオンを含有比率の順につないだものだ。昭和五十三年の指針改訂で、食塩泉や重曹泉といった和名は化学の表記へ置き換わった。名前の長さは、その湯が地下で出会った成分の数を映している。

昭和53年の改訂が温泉の呼び名を化学の言葉へ書き換えた
昭和53年(1978年)に環境庁が鉱泉分析法指針を改訂し、日本の温泉の呼び名は大きな転換点を迎えた。それ以前の温泉地では、食塩泉、芒硝泉、正苦味泉、重曹泉といった、溶けている主な成分を和名や慣習的な言葉で呼ぶのが主流だった。これらは明治期に西洋の分析法を取り入れる過程で、当時の薬局方や日常の漢名に合わせて名付けられたものであり、湯守や湯治客にとっても直感的に湯の性質が伝わる呼び名として定着していた。
しかし、戦後の分析技術の進歩や国際的な化学命名規約との整合性を踏まえ、水に溶けている物質の科学的な組成に基づいた新しい泉質名への置き換えが進められた。この改訂によって、脱衣所の分析書に並ぶ名前は、単なる土地ごとの通称や経験的な分類から、科学的なルールに従って組み立てられた厳密な表記へと姿を変えた。
日本の温泉分析は、明治7年(1874年)に、のちの衛生試験所にあたる司薬場で公的に始まって以来、時代ごとに改訂を重ねてきた。昭和53年の改訂は、療養泉に新しい泉質分類法を採用し、その呼称を国際的な化学命名の表現に極力合わせた分岐点だった。暖簾や掲示板に見られる長々とした名前の裏側には、地中深い岩石の間をくぐり抜けてきた湯にどんな物質がどれだけ溶け込んでいるかを示す、厳密な計算式が隠されている。
和名の世界から国際的なイオン組成の表記へどう移行したか
古い時代に使われていた旧泉質名には、それぞれの成分が持つ固有の性質が直感的に分かる良さがあった。例えば、塩化ナトリウムが多い湯は食塩泉、硫酸ナトリウムが多い湯は芒硝泉、硫酸マグネシウムが多い湯は正苦味泉、炭酸水素ナトリウムを主成分とする湯は重曹泉と呼ばれ、古くからの湯治場ではその経験則が親しまれてきた。匂いや味、肌につけたときの感触と結びついたこれらの名前は、生活の知恵として各地で受け継がれていた。
1978年の鉱泉分析法指針の改訂以降は、水溶液中で電離している陽イオンと陰イオンの割合を化学的に算出し、世界共通のイオン名で表現する方式へと完全に移行した。食塩泉は「ナトリウム-塩化物泉」へ、芒硝泉は「ナトリウム-硫酸塩泉」へ、正苦味泉は「マグネシウム-硫酸塩泉」へ、重曹泉は「ナトリウム-炭酸水素塩泉」へと改称された。
これにより、日本国内だけでなく海外の研究や医療分野のデータとも客観的な数値で比較できるようになり、名前を見ただけでその湯の化学的な骨格が体系的に把握できるようになった。古い和名は現在でも新泉質名に対応する形で案内板や温泉地の解説書に残されているが、公式な温泉分析書の枠内では、厳格な計算法則に則った新しいイオン表記が主役の座を占めている。
ミリバル%の基準が名前の並び順と長さを決めている
温泉の名前がどのように組み立てられているかをたどると、そこには明確な数値の基準が存在する。分析試験によって測定された各イオンのミリグラム(mg/kg)単位の質量は、そのままの数値で比べられるのではなく、化学的な反応の等価量を示すミリバル(ミリ当量・mval)という単位に換算される。ミリグラム数をそれぞれのイオンの式量と価数で割ることで、水の中で実際にどれだけの化学的働きを持っているかを揃える工程なのだ。
このミリ当量をもとに、全体の陽イオン総量、あるいは陰イオン総量をそれぞれ100としたときの百分率である「ミリバル%(ミリ当量パーセント・mval%)」が計算される。この数値が20%以上の値を示すイオンだけが、泉質名の構成要素として選び出される仕組みになっている。
もし複数のイオンが20%以上の基準をクリアした場合、含有比率の大きいものから順に左から右へ並べられる。さらに、名前全体の中では、前半に陽イオンが並び、ハイフンを挟んで後半に陰イオンが配置される。たとえば、陽イオンでナトリウムが60%、カルシウムが30%を占め、陰イオンで塩化物イオンが70%、硫酸イオンが25%を占める場合、名前は「ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉」となる。名前が長い温泉ほど、一つの湯の中に多様な成分が20%以上の割合で拮抗し、バランスよく溶け込んでいることを示している。
成分が単一の湯と複雑に重なり合う湯の構造的な違い
温泉のなかには、「単純温泉」のように、溶存物質の総量が一定の基準に満たないあっさりとした湯もあれば、幾つものイオンが名前のなかに連なる複雑な湯もある。単純温泉という名前は、決して成分が乏しいという意味ではない。湧出時の泉温が25度以上あり、温泉法が定める条件を満たしたうえで、ガス性のものを除く溶存物質(成分総計)の総量が1000mg/kg未満である独立した一つの泉質分類を指している。
これに対して、溶存物質総量が1000mg/kg以上の塩類泉に分類される湯では、ナトリウムやカルシウム、マグネシウムといった陽イオンと、塩化物や硫酸塩、炭酸水素塩といった陰イオンが組み合わさる。地下深くでマグマ由来のガスや周囲の岩石、地下水、海水などが複雑に交じり合う場所では、二つ以上の成分が対等に近い比率で存在することになる。
そのため、片方のイオンだけを掲げるのではなく、複数の名前を並記せざるを得ない構造が生まれる。陽イオン側で20%を超えるものが1種類、陰イオン側も1種類であれば「ナトリウム-塩化物泉」のように簡潔になるが、それぞれ2種類ずつ基準を超えれば4つのイオンが連なる長大な名前になる。それぞれの湯が通過してきた地下の地質環境や滞留時間の長さによって、名前のシンプルさと複雑さが描き分けられている。
名前に現れる特殊成分がその湯の個性を先頭で告げている
通常の陽イオンと陰イオンの組み合わせだけで表現しきれない際立った個性を持つ温泉では、名前の最も左側に「特殊成分」が冠される。環境省が定める療養泉の規定に基づき、特定の物質が基準値以上含まれている場合に、その存在を明記するルールが存在する。
例えば、水素イオン(H+)が1mg/kg以上含まれていれば「酸性泉」となり、総硫黄が2mg/kg以上含まれていれば「含硫黄」という言葉が頭に置かれる。この特殊成分の存在は、名前の構造において最優先で処理されるため、全体の性格をひと目で把握するための目印として機能する。
さらに、遊離二酸化炭素が1000mg/kg以上あれば「含二酸化炭素」、総鉄イオンが20mg/kg以上あれば「含鉄」、ラドンが一定濃度以上あれば「放射能泉」といった修飾語が付加される。これらが通常の塩類泉と結びつくことで、「含硫黄-ナトリウム-塩化物泉」や「酸性・含鉄-アルミニウム-硫酸塩泉」といった極めて具体的な泉質名が完成する。複数の特殊成分が基準を満たす場合も含め、この修飾の順序が崩れることはない。
長い名前は成分の優劣ではなく地下の履歴書の文字数である
脱衣所の分析書に記された長い泉質名は、地下の地層と水が長い年月をかけて交わった物理的な結果を映し出す文字の配列だ。現在、環境省の鉱泉分析法指針が定める療養泉の分類は、単純温泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、二酸化炭素泉、含鉄泉、酸性泉、硫黄泉、放射能泉、含よう素泉(平成26年改訂で追加)の10種類を基本骨格としている。
分析書に並ぶ「含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩泉」といった文字列は、ミリバル%の20%境界と特殊成分の含有基準という明確な数値計算の積み重ねから導き出されたものだ。
湯口から注がれる湯の成分をミリグラム単位で量り、ミリ当量へ換算し、割合を割り出して組み立てられた名前は、その湯が地下で接してきた岩石の鉱物組成や圧力、熱の履歴をそのまま示している。掲示板の長い文字数は、その土地の地下深くで起きた反応の複雑さを淡々と記録した数値の集合体なのだ。
ゆーたなかお
温泉天国 - Onsen Paradise 運営旅と食と温泉好き。どこにでもいます。
SOURCES
- 療養泉について|環境省採用前の裏取りで本文を確認(観測 2026-09-19)
- 新旧泉質名対照表|環境省採用前の裏取りで本文を確認(観測 2026-09-19)
- 鉱泉分析法指針の変遷|神奈川県温泉地学研究所報告 第28巻採用前の裏取りで本文を確認(観測 2026-09-19)
- 鉱泉分析法指針(平成26年改訂)の要点|日本温泉科学会誌採用前の裏取りで本文を確認(観測 2026-09-19)
- 温泉の泉質のいろいろ|日本温泉協会採用前の裏取りで本文を確認(観測 2026-09-19)
- 温泉分析書の見方|日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-19)
- 泉質の判定|神奈川県温泉地学研究所本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-19)