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上がり湯で流す?流さない?
温泉が好きだと答えた人のうち四割は湯から上がるとき体を流さない。かつての銭湯では衛生を保つため真水で上がり湯をする作法があった。現代では泉質の成分を肌に残すか洗い流すかが個人の判断に委ねられている。

温泉が好きな1,500人のうち4割は、湯から上がるとき体を流さない
温泉宿の予約を扱うゆこゆこが2024年7月、温泉が好きだと答えた20代から60代の男女1,500人に聞いた。湯から上がるときにシャワーや水道水で体を流す「上がり湯」をすると答えた人は58.3パーセント、しないと答えた人は41.7パーセントだった。浴室の出口という同じ空間に立ちながら、ある人は真水をかぶってから脱衣所へ向かい、別の人は肌に成分をまとったまま暖簾をくぐる。どちらの振る舞いも浴室のなかでは日常の光景だが、なぜこれほど選択が割れるのか。
温泉に入ったあとの体には、目に見えない成分が付着している。それを落とすべき汚れとみなすか、肌にとどめておくべき効能とみなすかで、蛇口の前での行動は正反対になる。
この食い違いは、単純な好みや個人の気まぐれから生じているわけではない。浴室という空間の歴史、湯の化学的な性質、そして皮膚が受ける刺激の度合いが絡み合って生まれた結果である。
衛生を保つための作法として上がり湯の習慣が生まれた
日本人が風呂の最後に湯をかける「上がり湯」という行為は、もともと温泉そのものの効用を気にして生まれたものではなかった。かつての銭湯や共同浴場では、多くの人が同じ貯め置きの湯船に浸かる。循環ろ過の技術がない時代には、湯船の湯はどうしても汚れや浮遊物が混ざる状態になりやすかった。
そのため、誰も浸かっていない清潔な湯を最後に浴びて汚れを落としてから外に出るという、純粋な衛生上の目的から「陸湯(おかゆ)」の習慣が定着した。江戸時代から近代にかけての共同浴場では、湯船の脇に真水を沸かした専用の桶や枡が置かれ、そこから柄杓で綺麗な湯を汲んで肩にかけるのが利用者の作法となっていた。カランやシャワーが普及していなかった時代、湯治場であっても共同の湯船から離れる際には、清潔な湯で体を清めて出るのが日常的な知恵だった。
この歴史において、上がり湯とは温泉成分を落とすためではなく、他者の痕跡や浮遊物を拭い去るためのものだった。当時の人々にとって、湯船の湯は体を温める場所であり、上がり湯は清潔な状態で日常へ戻るための境界線になっていた。
しかし現代の入浴施設では、すべての洗い場に水道水や真水のシャワーが完備され、状況が一変する。循環設備や消毒基準が整ったことで、湯船自体の衛生状態は過去と比べて格段に管理されるようになった。その結果、衛生面を気にして真水でさっと流す人と、泉質の成分を信じてあえて流さずに出るという、根拠の異なる二つの判断が同じ空間で交差することになった。
玉川温泉と単純温泉で、流すかどうかの答えはなぜ逆になるのか
この選択の分かれ目を決める大きな要素は、浸かる温泉の泉質と、皮膚に対する作用の仕組みにある。日本温泉協会が示す入浴の心得では、入浴後は温泉成分を温水で洗い流さず、タオルで水分を拭き取って三十分ほど安静にすることを勧めている。ただし肌の弱い人は、刺激の強い泉質や塩素消毒が行われている場合には洗い流した方がよい、とも添えてある。
入浴中に皮膚に付着したナトリウムイオン、カルシウムイオン、硫酸イオン、あるいはメタケイ酸などの成分は、湯から上がったあとも数時間にわたって皮膚の表面に留まる。塩化物泉の塩分が皮脂と混ざり合って水分の蒸発を防ぎ、メタケイ酸が肌の表面を整えるように、これらの成分は天然の保護膜のような役割を果たす。保湿や保温の持続を期待するならば、湯上がりに真水を浴びないほうが理にかなっている。
一方で、すべての泉質で流さないことが正解になるわけではない。酸性度が極めて高い秋田県の玉川温泉や群馬県の草津温泉の湯などでは、強い酸性や硫化水素の刺激が皮膚に残ることで、かえって炎症やかゆみを引き起こす湯ただれの原因になる。玉川温泉の源泉は塩酸を主成分とする強酸性で、pHは1.2前後に達する。草津温泉の主要な源泉もpH2前後の酸性を示す。こうした刺激の強い湯に入った場合は、皮膚を守るために真水のシャワーでしっかりと洗い流すことが適切な処置となる。
また、単純温泉や弱アルカリ性の湯であっても、皮膚の角質が薄い人や敏感肌の人が成分を放置すると、乾燥を招く場合がある。逆に、刺激の少ない美肌の湯で過剰に真水を浴びれば、肌に残った保湿成分を洗い流してしまう。流すか流さないかの基準は、一律の作法ではなく、目の前にある湯の化学的な性質と自身の肌質との組み合わせによって決まる。
日本は成分を肌に残し、アバノテルメは泥を流し切ってから休む
温泉以外の入浴文化や海外のスパ施設に目を向けると、この「洗い流す・流さない」の境界線はさらに別の形で整理されている。
例えば、家庭の入浴で広く使われる入浴剤の場合、メーカーの解説を読むと対応が分かれる。炭酸ガス系や無機塩類系の入浴剤では、温浴効果や保湿成分を肌に残すために洗い流さないことが基本とされる一方で、香料や着色料の付着が気になる場合や肌に合わない場合は洗い流すよう案内され、判断が利用者に委ねられている。
一方、イタリア北部のアバノテルメでは、湯そのものより泥の扱いが手順の中心にある。近くの湖から採った泥を温泉水に浸けて熟成させたものをファンゴと呼ぶ。温めたファンゴを背中や腕に塗り、布に包まれて十五分ほど置く。そのあとシャワーで泥を落とし、ジャグジーで残りを流し切る。塗る、置く、流す、という三つの動作が一組の施術として決まっている。
日本の温泉が湯の成分を肌に残して効用を長持ちさせようとするのに対し、アバノテルメでは刺激を与えたあと一度流し切ってから休息に入る。湯を肌に残る薬とみなすか、その場かぎりの刺激とみなすかで、湯を出るときの動作は逆になる。
浴室の蛇口の前で利用者はそれぞれの判断を下している
現在の一般的な日帰り温泉や旅館の大浴場を見渡すと、洗い場には温度調節機能のついたカランとシャワーが整然と並んでいる。脱衣所や浴室の壁には、温泉法に基づく温泉分析書とともに、自治体の指導に沿った入浴上の注意や禁忌症の表も貼ってある。そこには泉質名や湧出量、pHの値とともに、入浴前のかけ湯や、入浴後の適度な休憩を促す文言が記されている。
湯口から注がれる湯の色や微かな匂いを確認しながら湯船を出るとき、利用者はそれぞれの知識や体感に基づいて動く。浴槽の縁からあふれ出る無色透明の単純温泉をあとにした人は、そのまま体を拭いて足早に脱衣所へ向かう。硫黄の匂いが立ち込める白濁した湯や、肌がピリピリと痛むような酸性の湯から上がった人は、シャワーの栓をひねり、念入りに首筋や関節の周りを真水で流す。
設備が近代化され、誰もが同じ規格のシャワーを使える環境になっても、最後に蛇口をひねるかどうかは個人の手に委ねられている。掲示された分析書の数字を読み解く人もいれば、自分の肌がつっぱるか潤っているかという感覚だけで決める人もいるだろう。浴室の出口付近では、湯の性質と個人の肌の状態に応じた小さな判断が、絶え間なく繰り返されている。
6割と4割の差は、どちらが正しいかではなく泉質の幅を映している
上がり湯をする人が約6割、しない人が約4割という数字は、どちらかが間違った入浴法を続けていることを示すものではない。かつての公衆衛生から引き継がれた洗い流す作法と、温泉成分を肌に保とうとする知識、そして泉質の多様性がそのまま数字に反映された結果である。
塩化物泉や硫酸塩泉のように肌の表面に留まることで保温や保湿を助ける泉質もあれば、強酸性泉や強塩泉のように速やかに真水で流さなければ皮膚を刺激する泉質もある。pHの値や溶存物質の総量、個人の肌の強さという具体的な条件が揃って初めて、流すべきか残すべきかの答えが出る。
上がり湯をどうするかは、その湯の性質と自分の肌をどう折り合わせるかという、その場ごとの判断だ。湯船の縁を越えて流れていく湯の成分と、洗い場のシャワーから出る真水の水圧。その二つの間で下される選択の積み重ねが、脱衣所の暖簾の前にある日常の光景を作っている。
ゆーたなかお
温泉天国 - Onsen Paradise 運営旅と食と温泉好き。どこにでもいます。
SOURCES
- prtimes.jp本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 健康にいい温泉、上がり湯は必要?湯~とぴあのご紹介 | 元祖、吸う温泉、ラドン温泉 ホテル 湯ーとぴあ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉で上がり湯は何のためにするのでしょうか?かけ湯は解りますがよろしくお願... - Yahoo!知恵袋本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 温泉で注意すること(入浴編) | 日本温泉協会本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- あがり湯本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 湯治とは?効果、やり方、おすすめ温泉を解説!|ニフティ温泉本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
- 入浴剤入りのお風呂から出る時に、上がり湯は必要? | お風呂なび | アース製薬本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)