MAGAZINE / 13 · RAINFALL

空から降った雨水は地下へ吸い込まれ、数年から数万年という歳月をかけて再び地表へ湧き出す。トリチウムや炭素14の半減期を利用した測定により、目に見えない地下水の移動する時間と深さが明らかにされてきた。湯口から注がれる温かな湯の背景には、長い年月をめぐる水の循環が存在している。

地球・地学

雨が降る山あいの露天風呂で湯面に波紋が広がる様子

環境省の試算では、日本全国の降水に含まれるトリチウムの総量は年間およそ223×10^12ベクレルにのぼる。空から地上へと降り注いだ雨水は、土壌を潤し、やがて岩盤の亀裂や砂礫層の隙間から地下深くへと吸い込まれていく。地表を流れる川の水なら数日から数週間で海へと注ぐが、地下に潜り込んだ水は異なる時間の流れの中に置かれる。

1924年(大正13年)、京都帝国大学は別府に地球物理学研究所を置き、温泉の湧出量や泉温を定期的に測り始めた。当時の町には無数の源泉が存在し、各所で湯煙を上げていた。研究者たちは、湯船に注がれる湯が地表の下でどのような経路をたどり、どれほどの時間をかけて湧き出ているのかという動態に直面していた。

地表で湧く湯の温度を測り、湧き出る湯量を記録することはできても、目に見えない地下の水の年齢を正確に測る手立ては、大正時代の科学にはまだ存在していなかった。目の前で湯気を上げる温かい水が、先週降った雨なのか、それとも徳川の時代や有史以前に降った雨なのかを確かめる術はなかった。

別府での観測が始まって以降、温泉の温度や湧出量が季節や気象条件によってどう変化するのか、地道なデータ蓄積が続けられた。初代所長である志田順らの指導のもと、1925年から1926年にかけては週1回の頻度で詳細な観測記録が残されている。雨が降った数日後に湧出量が増えるのか、それとも数ヶ月遅れて泉温が下がるのかを、研究者たちは記録帳の数字から読み取ろうとした。

しかし、どれほど丹念に地上の出口を測っても、地下深くで水がどのような速度で移動しているのかを直接見ることはできない。水は岩石の微細な隙間を縫って何年も、あるいは何万年もの歳月をかけて移動する。地表近くの浅い帯水層を通る水もあれば、地下数千メートルの基盤岩まで達してから戻ってくる水もある。

地下水が蓄えられる深さや、熱や成分をまとうプロセスは、出口の流量測定だけでは全貌が見えなかった。地表での変化が地下の圧力変動によるものなのか、それとも水そのものが移動してきた結果なのかを区別することすら容易ではない。研究者たちは、出口の数字を並べるだけでなく、水そのものが持つ物理的、化学的な性質の変化を手がかりにする必要があった。

神奈川県温泉地学研究所の解説によれば、温泉水の本質は、雨水などが地中に浸透し、ゆっくりと地下の深所を循環して熱や成分を獲得したものだという。この循環には、数年から数万年という長い時間が費やされている。空から降った天水は、まず土壌中の二酸化炭素を溶かし込んでわずかに酸性となり、鉱物を溶かしやすい状態になって地中を進む。

地下深くへ染み込んだ水は、地下100メートルごとに約3度上昇するという地温勾配によって温められたり、地下のマグマや高温岩体の余熱を受け取ったりしながら上昇する。深度が増すごとに周囲の圧力と温度は高まり、高温高圧となった水は長石や雲母、石英といった岩石を構成する鉱物と化学反応を起こす。この過程でナトリウム、カルシウム、塩素、硫酸イオンなどの成分を溶かし込み、多様な泉質へと姿を変える。

水が地下に潜ってから再び地上へ戻るまでの滞留時間は、それぞれの地域が持つ地質構造や断層の配置、地下水の流動経路によって決定される。断層の破砕帯のような通り道があれば比較的早く上昇するが、緻密な泥岩層などに阻まれれば、水は何千年もその場に留まり続ける。出口で感じる温もりや成分の濃さは、地下深くをめぐる経路と時間の長さが作り出したものだ。

地下水の年代を測定する手法には、それぞれ適用できる時間の幅に違いがある。トリチウムは水素の放射性同位体であり、その物理学的半減期は約12.3年である。大気中で生成されて雨水とともに地表へ降るため、環境中のトリチウム濃度を調べることで、過去数十年に降った比較的若い水の割合を追うことができる。半減期を過ぎるごとに放射能が半分に減る性質を利用し、地下水の中にどれだけトリチウムが残っているかを測る。

これに対して、炭素14の半減期は約5,730年で、地下水の年代測定ではおよそ4万年前までの水を対象にできる。水の中に溶け込んだ炭酸物質の炭素14を測定すれば、水が地表の大気から遮断されて地下へ閉じ込められた年代を割り出すことができる。

火山活動に伴う熱水系のように、割れ目を通って浅い場所を素早く循環する水では、トリチウムによる数年から数十年の測定が力を発揮する。一方で、プレートの沈み込み帯や古代の堆積盆地のように、非火山性で深層地下水を何万年もかけて巡る水では、炭素14による測定が欠かせない。短い半減期で数十年を測る指標と、長い半減期で数万年を測る指標の双方が、地下の異なる流動スケールを浮かび上がらせる。

湯船の脇に備えられた温泉分析書には、泉温や湧出量、溶存物質量が数字として整然と並んでいる。湧出量や泉温の欄がどれだけ細かくても、その水がいつ降った雨なのかまでは書かれていない。しかしその数字の背後には、環境省が試算するような膨大な雨水の供給があり、地中を何年もかけて潜ってきた水脈が存在している。

ポンプによる動力揚湯(ポンプで汲み上げる方式)が行われる場所でも、自噴によって自然に湧き出る場所でも、地下の流動系が維持されているからこそ湯は途切れることなく注がれている。過度な汲み上げを行えば地下水位が下がり、温度の低下や成分の変化を引き起こす。そのため、各地の観測井戸では水位や水温の経年変化が継続して追われている。

湯口から湯船へと注ぎ、縁から洗い場へとあふれ出ていく湯の流れは、地表での一瞬の出来事だ。だがその透明な湯は、何十気圧もの地下深くを通り抜け、岩石と熱を交換しながら地上へ戻ってきた水である。湯船の底に注がれる量と同じだけの水が、今日もどこかの山林で地面へと浸透している。

湯に体を沈めるとき、肌に触れる水の一滴は、いつか空から降った雨が地層をくぐり抜けて届いたのだ。1924年に別府で始まった地球物理学的な観測から、現代の同位体測定に至るまで、地下を満たす水の動きと時間を解き明かそうとする試みが重ねられてきた。

半減期の異なる元素の数値は、地下水がたどってきた流動の深さと長さを物質の言葉で表している。湯の温かさは、地熱の高さだけでなく、地下深くで水が岩石と接してきた歳月の長さの結果でもある。12.3年のトリチウムが示す若い循環と、5,730年の炭素14が捉える古い滞留の数字が、湯口から注がれる一杯の湯の背景に存在している。

ゆーたなかお

温泉天国 - Onsen Paradise 運営

旅と食と温泉好き。どこにでもいます。

SOURCES

  1. 4.環境中のトリチウムの挙動に関する研究本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  2. 沿革 - 京都大学 地球熱学研究施設本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  3. 温泉科学「日本での地球科学的温泉研究のあゆみ(5)」|別府温泉地球博物館 Beppu Onsen Geo-Museum本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  4. 地下水としての温泉保全入門│22号 温泉の高揚:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  5. 環境省_トリチウムの性質本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  6. 環境放射能測定による地下水年代の推定 (08-04-01-12) - ATOMICA -本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  7. 神奈川県内の温泉水のトリチウム濃度と年代 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  8. 放射性炭素年代測定 - Wikipedia本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  9. 温泉の科学4-1本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  10. 資料詳細 | 神奈川県行政資料アーカイブ本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)
  11. jimcontent.com本文執筆時に Google Search で参照(観測 2026-09-10)